「 き っ と 明 日 は 来 な い 。 」
「……ディスト」
ベッドに腰掛け、ぼんやりと外を眺めていたサフィールは、懐かしい幼馴染の声に息を呑む。
冷たく、鋭い眼光がサフィールをじっと見つめていた。少年時代が彷彿として思い出される。
それで安堵してしまうのは、彼の瞳に慣れすぎてしまったせいだろうか。
声を掛けることを躊躇ったサフィールは、力なく視線を床へ落とし、どうして、と掠れた声で呟いた。
その動揺が見てとれたのか、ジェイドの声色が少しだけ優しくなる。
決して動こうとしないサフィールに苦笑し、手にしていた鍵束の中から一つを選び出したジェイドが、そっと鍵穴に差し込んだ。
耳障りな音と共に、いとも簡単に鉄格子の扉は開く。
「…サフィール…、」
「呼ばないで下さいっ!!…私は、もう…っ」
「聞きなさい、」
「近づかないで下さい!!ジェイド、ジェイ、ド…!!…お願い、だから…っ!」
立ち上がり、鋭い声でジェイドの台詞を遮るも、彼はそれを全くといっていいほど無視し、牢獄の中へと足を踏み入れた。
今はこの狭い檻の中がサフィールの全てだ。逃げることも出来ず、口先だけで強くジェイドを拒否してみても、
聡い彼は分かっているに違いない。震えるほど、切実にサフィールがジェイドを求めていることを。
悲鳴が懇願に変わった時、目の前に立ったジェイドに、腕を掴まれ抱き寄せられる。
「っや、め…!」
抵抗するためにと振り上げた右手を掴まれ、荒々しく口付けられた。ぬらり、と己の口内に侵入してきたジェイドの舌に驚き、酷く動揺してしまう。
思わず抵抗を止めたサフィールの足元をすくい、冷たい石の床へ押し倒した。
そこで思い出したように再び抵抗を始めたサフィールだが、首筋にジェイドの手が添えられると、
ぴたり、と身動きすらしなくなった。代わりに大粒の涙が溢れ出す。鼻水も涎も一緒くたになって。
「っあなた…はっ…、意地悪です…っ」
「こうまでしないと人の話を聞かないのは、貴方じゃないですか」
「だって、貴方はずるいからっ、私の気持ちを知っているくせに…っ!!」
「知っていますよ。…本当は、貴方が私のことを心の底から嫌悪していることくらい」
流れ出る涙もそのままに黙り込んだサフィールを見下ろして、ジェイドが口の端を歪めた。
違うと否定するはずが、乾いた喉に声がへばり付き、ひゅうひゅうと風の音をたてるばかりだった。喘ぐように息を乱す。
サフィールは、ジェイドの瞳に映る自分が、確かに怯えの色を灯していることに気づいてしまったのだ。
愛おしそうに唇を寄せるくせに、愛とは全く無縁の台詞を、優しく口ずさむ。
こみ上げてくる感情を必死に飲み込んで、サフィールはそっと目を閉じる。
ゆっくりと自分の首に食い込んでいく、愛しい人の手の感触を追いかけた。
*後書き
あれ、思ったよりジェイドがキモくならなかったのが残念です。
愛の奥に潜む嫌悪感、凄く凄く惹かれます。こういうの大好きです(笑)