「ねぇ、多田」

「なんだ」

「手伝ってよ」

「…何を」

「おn「もう一度刺されたいか?」





「 溢 れ ん ば か り の 愛 と 誠 意 を 、 君 に 。 」












鋭い視線でもって行天を見やれば、応接室にあるソファで仰向けに寝ており、両手を組んで静かに天井を見つめていた。 まるで棺桶に入った死体のような格好に、多田が素直に顔を顰める。

「何を馬鹿なこと言ってるんだ」

「だって力が入らなくてさ。俺が夢精しちゃってもいいの?」

「あーいいさ、好きにしろ、夢精でもなんでもしてろ」

「……じゃあそのパンツを洗うのは誰?」

妙な沈黙の後、行天がボソリと吐いた。行天に背を向け新聞を見ていた多田の手が止まる。嫌な記憶が蘇った。 そうだ、元々家事全般不慣れな行天が、やけにやる気を出して洗濯すると言い出した時があった。

彼がそうやって率先して何かをしようとする場合、大概良くないことが起こるのだが、 多田の心配をよそに鼻歌混じりで洗濯を始めた行天は、洗剤を入れずに洗濯機を回そうとし、詰め込みすぎた洗濯物のせいで 洗濯機は本来の力が発揮できず、二度手間三度手間を繰り返し、奮闘した挙句、結局洗濯機は二度とその役目を担うことが出来なくなった。

ちなみに洗剤が入ってなかったと怒った後、行天が慌てて粉末洗剤の入った容器を上手い具合に洗濯機の中に全てぶちまけてくれたので、泡が溢れだし余計な仕事が増えた。 むしろ、あれでまだどうにか動いてくれていた洗濯機にトドメをさしたのだと多田は思っている。

また床を泡だらけにされては堪らない、と必然的に洗濯は多田の役割となったわけだが、何が悲しくて自分以外の男が粗相した下着を洗わなくてはならないのだ。


「―多田」

「何だ」

黙り込んだ多田に痺れを切らせた行天が、至極ゆっくりと上半身を起こしながらソファに座りなおす。
一連の作業を黙って見守っていた多田だったが、諦めたように一つため息を吐いて、「手だけだからな」と釘をさした。







「った、だ…、キス…して」

普段は好き放題、行天に翻弄されるばかりの多田であったが、流石に退院したばかりの身体は上手く動かないようだった。 痛みに眉を顰めキスをねだる行天に苦笑しつつも、言われた通り唇を合わせる。

「…っは…あ…」

熱いため息を漏らした行天が、くたりと多田の胸に凭れかかった。
無駄に行天は顔が良い。汗で濡れた首筋が、伏し目がちのその瞳が、普段よりも荒い呼吸が、妙に色っぽかった。
多田、と掠れた声で多田の名前を呼び、甘えるように頬を擦り付ける。 思わずドキリとし、行天自身を握っていた手も少しばかり力が入った。違う意味で痛さに眉を寄せた行天が、小さく呻く。

「…まるで息子にオナニーを教えるお父さんみたい」

少し黙ったと思いきや、行天はひゃひゃ、と色気の無い笑い声を上げた。
腹が引きつるように痛み、顔を顰めた行天に呆れ、多田がわざとらしくため息を吐く。行天はやはり行天なようだ。

少し黙ってろ、と怒りを抑え極力平坦な声を出すことに成功した多田は、黙って行天のそれを扱く仕事に専念することにした。



「―った、だ…」

「なんだ」

「…好き…だよ」

「……要らん」

「受け取って」

「…お前の場合どデカイお返しを要求さ…」



切なそうに笑う行天に、不覚にも胸を高鳴らせた多田の軽口は、見事行天の唇に吸い込まれた。







*後書き

いつでも多田は行天に振り回される運命です。

それでも何だかんだいいながら上手くやっていけると思います。どちらかというと多田が行天に惚れてる感じなんですよね。 勿論行天も多田のこと好きですけど(笑)