いちご・イチゴ・苺。
「いちご・イチゴ・苺。」
秋晴れが続く、肌寒さを感じ始めたある日の午後、得意先の庭掃除の依頼を受け、腰が痛くなるほど草むしりをした後のことだった。
肌寒いといえど、動けば汗はじんわりと浮かんでくる。 鈍く痛む腰を気にしながら行天の方に視線をやると、彼はあまり草むしりが好きではないのか、作業開始早々に腰を下ろしたその場から全く移動していなかった。
それでも自分の手が届く範囲の草を千切っていたのでまぁいいかと考え直したのだが、行天は草の葉だけをむしり、 根の部分を綺麗さっぱり残してくれていて、あまりものいい加減さに思わずなんだこれはと文句が口をついて出てしまった。
「…え?」
「え、じゃないだろう」
地べたに座り込んだまま、暢気に首を傾げる行天に呆れたような溜息を一度吐き、説教を始めようと口を開いた瞬間、 依頼主の老婆が「まぁまぁ」と掃除する前に比べれば格段にすっきりした自分の庭を見て感嘆の声を上げながら近づいてきたので、 仕方なく口を噤み、その替わりに恨めしげな視線を一度送るだけに止めておいた。
笑いを噛み殺す気配を背中で感じながら、心の中で舌打ちする。
この野朗、後で覚えてろ。
「いつもいつも有難うね、本当に助かってるのよ」
目尻に皺を寄せ、嬉しそうに笑う老婆を見ると、草むしりの疲労も少しだけ和らぐ。 いつまでも座り込んでいる行天を立たせ、持ってきた道具を片付け始めれば、思い出したように一度手を叩いた老婆が ゆっくりした足取りで家の方へ向かっていき、次に現れた時には小さな袋を手にしていた。
「大福を近所の方に貰ったのだけれど、私と夫じゃ食べ切れなくて。そろそろ三時だからおやつ代わりにね」
「有難う御座います、是非頂きます」
差し出された袋を受け取り頭を下げ、早速袋から大福を取り出して行天にも渡してやる。 作業を一度中断してまで食べるのは、老婆が今食べて欲しそうだったからだ。きっと反応を窺いたいのだろう。
希望通りに一口食べ、美味しいですと微笑んで見せる。実際美味かったので自然と口元も緩んだ。 その反応に本当に嬉しそうに笑った老婆は、それで満足したのか来た時と同じくゆっくりとした動きで多田と行天に背を向け、家の中に入っていった。
「…あれ、行天?美味くなかったか?」
「いや、美味いよ」
黙り込んでいる行天に気づいた多田の問いに、ちびちびと大福を食べながら緩く首を振って見せた彼の表情は何処か険しく、もしかすると大福が嫌いなのかとも聞いてみたが、 いや、そうじゃない、という微妙な返答に、多田も首を傾げるしかなかった。
「…っ!!」
「行天??どうした??」
ダンマリを決め込むつもりなのか行天がそっぽを向いたので、仕方なく後片付けを再開した多田だったが、 口元を押さえて声にならない声を上げた、行天のその珍しい反応に驚いて声を掛けると、肩を掴まれいきなり唇を押し付けられる。
それにも驚いたが、緩んだ唇の隙間から何やら行天の舌と別の物体が進入してきたことの方が驚いた。
「お、お前…ッ!!//」
突然のことに行天を押しのけて周りを見渡してみたが、不幸中の幸いか依頼主は家の中、庭先だったのも関わらず、人通りが少ないお陰で誰にも見られていないようだった。
しかしながら、もし誰かに見られていたらどうなっていたか。依頼主の老婆に「貴方の庭で図体のデカイ男二人が乳繰り合ってました」なんて言われかねない。
お前は俺の得意先を一つ潰す気か、と唇を腕で擦りながらグチグチ文句を言えば、拗ねたように唇を尖らせた行天が残りの大福を多田の手に押し付けて「だってさぁ」と子供のような言い訳を始めた。
「なんだ、やっぱり嫌いなんじゃないか」
「違う。…大福は大丈夫だけど、苺が駄目なんだって」
押し付けられた大福をまじまじと見て気づく、あ、確かにこれは苺大福だ。
つまり行天に口移しされた物は苺だったのだ。勢いで飲み込んでしまったので何か分からなかったのだが、何だったとしてもあまり気持ちのいい物ではない。男にキスされるなんて事自体どうかと思う。
思わず顔を顰めた多田に、行天が得意そうに「あんまり噛んで無かったから原型止めてたでしょ?」と首を傾げながら問うた。
潰れていても潰れていなくても、どっちにしろ嬉しくない。
「アホか。…大体こんな人が見てるかもしれん所で…二度とするなよ」
「え、じゃあ家ならいいんだ」
「そういう問題じゃなくて!!//」
そうして何だか食べ辛くなった苺大福を口に運びながら、苺のトラウマについて行天がひとしきり喋る終わるまで作業は中断されていた。