ボクに教えて。
「ボクに教えて。」
「…で、これはこの公式を当てはめるんだ。…分かったか?」
「…………」
「クリス?」
「…うう…あかーん…理解でけへん…瑛クンの言うてる事ち〜っとも分からへんねやもん」
放課後、二人きりの教室で数学と格闘していたクリスがとうとう音を上げた。
ノートには数式がびっしりと並び、見ているだけでも頭痛がしそうな気配すら感じさせる。
勉強に関してはからっきし駄目なクリスに根気強く教えていた佐伯だったが、クリスは10分ごとに同じようなセリフを言って勉強を投げ出すので、はっきり言うと先程からちっとも進んでいなかった。
一歩進んで二歩下がる。牛車並み、いや、それ以下の進み具合である。
「お前…真剣に聞いてるのかよ」
そんなやる気の無い態度を見て不満気に佐伯が問えば、ぐったりと机に伏せていたクリスが勢い良く、とはいかないまでも起き上がり、 クリスの座席前の椅子を借りて頬杖をつく佐伯にぐっと顔を近づけ、"ボクの目見てみ?真剣そのものやん"と軽く口を尖らせながら言った。
しかし佐伯はと言えば、息が掛かるほど顔を近づけられたことに気をとられ、クリスの訴えも完全に聞き逃し、その上息をすることすら忘れてポカンと間抜けに口を開ける始末だ。 はね学の王子が聞いて呆れる。
だが、無駄に顔立ちが整っているクリスを目の前にすると、男でもドキドキしてしまいそうで、つまり、これはあれだ、不可抗力だ。誰だってドキドキするに違いない。 そうやって強引に自分を納得させた佐伯が無理矢理クリスから顔ごと視線を逸らし、「ハイハイ」とおざなりな返事をしてやれば、 クリスは「あ〜!適当に返事したなぁ〜」と彼独特のスローな反応が返ってきた。
「なぁ、クリス。お前、テスト週間になって焦ってもちょっと遅い気しないか…?」
「え〜…、そうかなぁ〜?ボクはいっつもこんなんやで?」
不思議そうに首を傾げるクリスに「いや、だからいつも数学赤点なんだろ」と呆れたような表情で突っ込む。
あ、そうか、と手を叩いて納得する姿に苦笑を洩らしながらクリスが放棄したペンを手にもう一度説明を始めた。
真剣に佐伯の手元を覗き込むクリスだが、きっとまた数十分ももたずに放棄するだろう。
それでも何故かそんな彼を放っておけなくて、それがどうしてかなんて、佐伯がその理由を自覚するのはもっとずっと先の話しになりそうだった。