「理由なんて何でもいいのだ。」
「葉月、飯食いにいかへん?」
「…ああ」
人懐っこい笑みを浮かべ、昼休み、姫条はいつも葉月を誘いにきた。
それはもう当り前となっていて、葉月も小さく頷くと何も持たずにそのまま教室を出る。
始め、姫条が豪快に昼食をただ眺めるだけで終わったいたそれも、段々と姫条が葉月の分まで弁当を作るようになってきて、 昼休みはいつも、教会裏で二人、ひっそりと弁当をつつきあう事が日常となっていた。
「これ、美味い?」
姫条が箸で指したのはひじき。コクンと頷き、口に運ぶ。
そうすると、本当に嬉しそうに笑うのだ。
その笑顔にドキリと胸が高まり、それを誤魔化すようにして葉月はおかずに視線を移した。
「これ、お前が作ったのか?」
「当り前やん。今は炊事洗濯針仕事、何でも出来る男が流行りやねん」
得意そうに笑って豪快に飯をかき込む。
「…そうか。…姫条」
「ん?」
ほとんど食べ終わった姫条が、大きな口でデザートである林檎を口に入れつつ、視線だけ寄越した。
「ご飯粒、ついてる」
「げ、俺むっちゃカッコ悪いやん、どこどこ??」
慌てて口元を拭うが、見当違いな所を擦る姫条に、葉月は苦笑して。
「ほら」
ぺろ。
無意識に、姫条の口元のついている米粒を舐めとった。
ポロリと落ちる食べかけの林檎。
「…姫条?」
「な、な…っ//」
たちまち赤くなった姫条に、今更ながら、葉月は自分のした事に気づく。
悪い、と小さく謝れば、我に返った姫条が今更ながらも身体を大きく後ろへ逃がす。
その様子に少なからずショックを受け、ああ、いや、当り前か、と無理矢理納得する事にした。
普通、無意識にだって男の口元についた米粒を舐めとるなんて行為は絶対しなかっただろう。
普通は、恐らく嫌だ。というか気持ちが悪い。
何となくその場に居づらくなり、やや急いで立ち上がると、そのまま姫条に背を向けて歩き出す。
恥ずかしい。無意識だったというものの、多分、こういう事を望んでいた。
そういう意味で姫条の事を好きだったし、雨の日、二人で濡れて帰る途中、彼のシャツが透けて見えた胸元にドキリとしてしまった事だって。
だから多分、いや絶対。
心の中では望んでいたのだ。
姫条の肌に触れたい。口付けたい。それ以上の事だって、望んでいた。
「ちょ、珪、なんで逃げるねんっ!!」
無言のままに背を向けて歩いて行こうとする葉月に、姫条も慌てる。
別に嫌だったわけではないのだ。少し驚いただけ。
そう、葉月がそんな事をするだなんて思わなかったから、本当に驚いただけなのだ。
立ち上がり真っ直ぐ葉月の元へ走ろうとするが、慌てすぎてからなのか躓きそうになる。
アカン、こけるっ。
ギュッと目を閉じて次にくる衝撃に身体を固くしたが、その前に葉月の腕によって地面激突の危機を免れた。
葉月が腕を掴んで支えると、「あ、ありがと」と顔を上げた姫条が、赤い顔を更に赤くして俯く。
「……珪ちゃん」
「……」
「アホ、返事くらいしろっちゅーねん」
「…悪い」
そろそろと顔を上げると、僅かに白い葉月の頬も赤らんでいて。
そっと両手で頬を包み込めば、葉月が驚いたように僅かながらも目を見開く。
「ご飯粒、ついてる」
そう呟くように言って、そっと葉月の口元を舐めた。
勿論米粒なんてついていないが。
何となく照れくさくて、そんな風に言ってしまったのだ。
「俺の口にもついてるやろ」
「…ついてない」
「ついてんねんっ!!空気読めアホッ」
「…ついてる。…キス、していいか」
「…あ、あほ…口に出さんで…」
その後は、本当に貪るような深い口付けを交わした。
途切れ途切れの吐息の中。
好きだよと言ってくれたその言葉が嬉しくて。
何度も何度も、口付けた。