「 ご め ん 、 や っ ぱ り 俺 は 、 」












「…姫条」

「ん?…ああ、葉月?珍しいな自分から話しかけてくるなんて。どうした、何か用か?」

ふ、と表情を緩めて首を傾げるその姿。じわり、と自分の頬を赤らんでくるのが分かる。

無理をしてでも話しかけて良かったと思えた。
ずっと自分に向けて欲しかった姫条の視線は、一時的と言えど己に向けられているのだ。

葉月はゆっくりと視線を姫条から近くの女子生徒に移しながら、緊張で上手く働かない頭を必死に回転させる。
特に何か用事があったというわけではない。 別のクラスである姫条にわざわざ話す事なんてあるわけがないし、けれど、わざわざ呼び止めてしまってから「何でもない」だなんて言えない。

あまり人に気を使う事の無い葉月にとって、話題で頭を悩ませる日々が来るなんて思ってもみなかったことだ。
そうしているうちに、姫条と親しげに話していた女子生徒を凝視してしまっていたらしく、 その女子生徒は何を勘違いしているのか「やだぁ、葉月クン、あんまり見ないでよ」なんて恥ずかしそうに姫条の背に隠れているし、 姫条は姫条で「ああ、この子自分の彼女?」と揶揄するように笑う。

冗談じゃない、と声にこそ出さなかったが、葉月はすぐにその女子生徒から視線を外した。
本当に冗談じゃない。
葉月に彼女と呼べる存在は居なかったし、変に勘違いされても困る。特に姫条には。



「…なぁ葉月、英語の教科書持ってへん?」


そんな微妙な葉月の雰囲気を感じ取ったのか、姫条が明るい声と共に首を傾げて見せる。
基本的に学期末以外全ての教科書が机の中に眠っている葉月を見越しての質問だったのかもしれないが、 素直に持っていると言う気も起きず、視線を落とした葉月は「さぁ」とただそれだけ、素っ気無い口調で返した。

「そんなに冷たいこと言わんといてや、俺と葉月の仲やんか?」

砕けた口調だったが、その言葉に一瞬ドキリとして、それからさっと頬が赤らむのを感じた。
嘘だ。分かってる。こいつはいつもこうやって軽口ばかりだから。

「おー、やっぱあるやん。なんやねん、葉月も案外意地悪なんやな?」

「…お前、勝手に人の机探るな…」

「ええやんええやん。ほな、これ借りていくで?」

一瞬目を離した隙に姫条は葉月の机に腰掛け、英語の教科書を団扇代わりにぱたぱたと自身を仰いでいた。
その素早さにはある意味関心してしまう。
なぁ、ええやろ?と何処か甘えるような声色に、少しだけ浮上した心を持て余して。どうしようかと葉月が居心地悪そうに視線を落とした。

「あれぇ、姫条クン、葉月クンの席よく知ってたね〜??」

「…え」

本人が居たからなのかそれを意識していなかったが、確かに他のクラスである姫条が迷いもせずに葉月の席に辿り着いたのは不思議だ。
思わずきょとんとした表情で姫条を見れば、元々浅黒い彼の顔は心なしか赤らんでいるように見える。

「な、何言うてんねん。何となく知っとっただけや。…あかん、そろそろチャイム鳴るわ、はよ教室戻らんと。ほんなら葉月、教科書借りて行くなっ?」

机に腰掛けた姫条がひらりと優雅な仕草で手を振り、ウインクした後。
葉月が口を開く前に逃げる様にして教室から去っていった。

何だったんだ、アイツ。

頭の上にハテナマークを浮かべながら、窓側の一番後ろ、昼寝に尤も絶好な自分の席へと戻る。
本当に何だったのだろう。

「っていうか、ウチのクラス今日英語ないんだけどなぁ」

ポツリと吐いた女子生徒の言葉は、逃げる様に走り去った姫条に届くことはなくて、その代わりぼんやりと外を眺めていた葉月にしっかりと聞こえていた。
それが何を意味するかなんて事はよく分からないけれど、ただなんとなく、姫条が何を考えていたのかが気になって。思わず静かに立ち上がった葉月は、よく分からない衝動に突き動かされ、足早に教室を出ていった。





「…あ〜もう、あの子なんであのタイミングで言うねん。思わず逃げてもうたやん…」

「…姫条…ッ」

葉月の貸した英語の教科書を開き、顔の上に乗せてごろりと仰向けに寝転んだ姫条を発見するのに随分と時間が掛かった。
姫条はどうしてか教室に居らず、そうなると葉月に姫条の居場所など分かるはずもない。
五時限目の授業もそろそろ終わりに近づき、半ば諦めが入り始めた頃、葉月がいつも昼寝をするあの教会の裏で、姫条は 仰向けに寝転び鼻から下を教科書で隠しながら、のんびりと空を眺めていた。
思わず脱力しながら、無意識に彼の名前を呼ぶ。

「は、葉月っ!?何でここに…っ!」

慌てて姫条が上半身を起こした瞬間、聞き慣れたチャイムの音がして、「英語、終わったな」と何も知らないような顔で葉月が言うと、 姫条ははっとしたような表情になった。それから取り繕うように慌てて言い訳しだす姫条の隣に座りながら、どうして姫条が嘘を吐いたのか、それは分からなかったけれど、 こうして今姫条の近くに居れるのだから、それでいいのかもしないと、そう思った。



言い訳(後書き)

多分これ最初は「ごめんやっぱり、俺はお前が好きだ」ってことを文章で伝えたくて、直接葉月が言うわけじゃないんですけど、そんな ニュアンスを含めたいとか思ってたらいつの間にか違う物になってしまってました(ええ)
しかも何だかリバっぽい雰囲気が…!葉月←姫条ならよく書きますが反対って中々難しいですよね…。
言いたい事がちゃんと言えないですから、王子は(笑)そこが良いんですけどね。