「姫条…まどか?」
女みたいな名前だ。
最初の印象。
そして、ふいにそれを口に出してしまった時の、あの姫条の表情。
"ハハ、せやろ。女みたいやろ"
口元を引きつらせ、目は笑っていないのに無理して笑っていたっけ。
「Could you teach your name?」
「アハハハハ、それでな…」
別のクラスの―誰だったか―葉月は名前を覚えるのが苦手で、その男子生徒の名前を覚えてはいなかったが、随分姫条と仲がいいことだけは分かった。
姫条はとても社交的で、あの人懐こい笑みと関西弁独特の喋りによって男女問わず大概の人とは仲良くなってしまう。
それに比べ、葉月はせいぜい聞かれた問いに「ああ」とか「いや」とか単語でしか返す事が出来ず、すぐに会話が途切れる典型的なパターンの持ち主だった。
頬にカットバンを貼った少年は、大きめの口を豪快に開き、力強く机をバンバンと激しく叩いて笑っていた。相当ウケているらしい。
姫条が何を言ったのかは分からないが、その姿はとても仲が宜しい親友に映った。
「でな、…うん、そうそう。…やろ?ホンマウケるわ」
「マジ、最高だぜそれ。超ウケる」
机を叩くことをやめ、今度は腹を抱えて笑っている。
姫条。姫条クン。
そう呼ぶ人は沢山居るが、姫条を名前で呼んでいるのを葉月は一度も聞いた事が無かった。
それは多分、姫条なりに気にしているからなんだろうと思う。
特にする事の無かった葉月は、むっつりした表情のまま肩肘をついてぼんやりと外を眺める事にした。
「なな、珪ちゃん?」
少し離れた所に居た姫条が、ひょっこり視界に現れたものだから、動揺して意味も無く視線を辺りに彷徨わす。
先ほどまで姫条が居た所に、頬にバンソウコウを貼った少年の姿は無かった。どうやら自分のクラスに戻ってしまったらしい。
姫条は、座っている葉月の顔を覗きこむようにし、「自分や、自分」と人差し指で葉月を指して、あの人懐こい笑みを浮かべた。
「珪、ちゃん…」
「なんや、不満か?…カワエエやん」
可愛いとか可愛くないとかの問題ではないと思うのだが。
どうやら表情にそれが出ていたらしい。
姫条が少し考えるような表情を見せ、じゃあ珪っちとかケイポンとか。とネーミングセンスのカケラも無いような愛称を並べる。
「んー、やっぱり珪ちゃんやな、なんかしっくりこーへん?」
どうだろう。
その返事は呆気なくスルーされ、姫条は一人納得したようにウンウンと頷く。
「珪、でいいから」
「ええ、それやとおもろないやろ。珪ちゃんがええねん」
嬉しそうに笑った姫条に、それ以上葉月は何も言うことが出来なかった。
仕方なく、覗き込むようにしている姫条と視線を合わせれば、細めの目を少し開き「ん?」と小さく首を傾げる。
「…姫条、まどか」
「お、おう。珍しいな、珪ちゃんって人の名前覚えるの苦手やろ?」
ほぼ確信をもったその問いに、小さく頷くとやっぱり、と姫条が得意そうに笑った。
「珪ちゃん、隣の子の名前覚えとる?」
「………」
「…ホンマに苦手なんや…」
「ああ」
再び頷くと、姫条がクスクス笑いながら「俺の名前は忘れなや?」と言った。
別に、姫条の名前が"まどか"なんて女みたいな名前だったから覚えていたわけではないが。
何となく気になっていたんだろう、きっと、最初から。
「姫条…まどか?」
"ハハ、せやろ。女みたいやろ"
女みたいでも
俺は好きだけど。