君の涙が乾く前に。






「君の涙が乾く前に。」












「そんなに落ち込むなよ」

ポンポン、とサフィールの肩を叩いて慰めの言葉をかけてやったのに、その手を邪見に振り払ったサフィールはぐすぐすと鼻を啜って、 いつまでも未練がましくたった一点―先程ジェイドが出ていったドア―を見詰めていた。
三十路を過ぎた男のくせに、目に涙をため、薄い唇を噛み締めたその姿はなんとも言えず心苦しく、仕方無いなとピオニーが慰め役を買って出たのだ。

「…一体ジェイドなんかの何処がいいんだ」

サフィールがそうやって泣きそうになるのを堪えるのは大概ジェイドが原因で、 ピオニーだってそれは分かっているから、もやもやした気持ちを押し込めて極力平坦な声で言ったつもりだったのに、 サフィールが勢いよく振り返って泣きそうな声でもって「貴方になんか分からない!」と本当に泣き出しそうな声で言ったので、 その後に"ジェイドなんかより俺にしとけ"という冗談(半ば本気混じり)も言えなくなってしまった。

「…もうほっといて下さい。…どうせ貴方になんか分からない」

気を抜けば零れ落ちそうになる涙を必死に堪えて瞬きしたサフィールが、床へ視線を落として呟いた。
吐き捨てるように言われたその台詞を理解するのに暫く時間がかかり、暫く経ってようやく、 多分きっとサフィールはジェイドの良さがピオニーなんかに分かるわけないと言いたかったんだろうなぁという考えに辿り着く。
けれど、サフィールが声を荒げて主張する程のジェイドの良さなんて生憎彼の頭脳くらいしか思い浮かばなかったし、 大体それはサフィールが言いたいようなジェイドの良さでは無いと思うので、となるとやはり自分にジェイドの良さはちっとも 思いつかず、ぎこちなくサフィールから視線を外したピオニーはゆるゆると息を吐き出すついでに、小さな声で「ごめん」とだけ謝った。 確かに俺には分からない、あれにそんな声を荒げて言うほどの良い所があるのか?

「…サフィール、悪かった。ごめん、許してくれよ」

僅かに疑問を抱きつつも非を認め真っ直ぐに許しを請うと、酷い鼻づまりで聞き取り難かったが「ティッシュ取って下さい」という声と共に右手がピオニーの前に出され、 それに戸惑ったピオニーがえ?と聞き返せば、早く、と催促してくる。
仕方なく言われた通りに紙を渡すと、ずびずびと嫌な音が暫く続き、 ようやくすっきりしたらしい、おずおず顔を上げたサフィールだったが、鼻は赤く染まり、拭ききれていない鼻水が目に付いた。 だからジェイドに未だ「洟垂れ」なんて言われるのだ。

目尻に残る涙に苦笑すると、きょとんとしたサフィールがどうかしましたかと小首を傾げる。
何となくその仕草が可愛くて、口元を緩ませたピオニーがサフィールの腰に腕を回して抱き寄せれば、 驚いたような、戸惑ったような、そんな表情をしたが、先程怒鳴ったことを気にしているのか、はっきりと拒絶することは無かった。
それに気を良くしたピオニーは、優しく笑むとサフィールの頬をそっと撫でる。 そういった丁寧な扱いを受けたことがあまりないのだろう、サフィールは居心地悪そうにもぞもぞと動いた。

「…泣くな。…な?」

「…はい」

親指の腹で目尻に残った涙をすくい、綺麗な銀色の前髪に口付けると、流石に恥ずかしくなったのか、 サフィールがピオニーの胸を軽く押して離れようしたが、小さく笑ったピオニーは、僅かに屈んでサフィールの唇にそっと自分のそれを押し付けた。
驚きに目を丸くしたサフィールに満足し、そっと開放してやると、首まで赤くなった彼は唇を押さえ、今更周りに誰か居ないだろうかとうろうろ視線を泳がせる。

「な、なななな、何するんですか!!//」

「何って、キス。…かな?」

予想通り、大袈裟なほどの反応を示したサフィールにわざとらしくピオニーが首を傾げると「か、かなじゃありませんよ!!あ、貴方って人は…っ!!」と 律儀に唇を押さえたままピオニーの突拍子も無い行動について小さい事から貴方はそうでしたよねとしつこいくらいにネチネチ説教らしきものを続けた。

「…お前最近ジェイドに似て嫌味ったらしいぞ」

「へ、陛下といえどジェイドの悪口は許しませんからね!!嫌味ったらしいなんて言わないで下さい!!」

すっかり元通りになってしまったサフィールにくつくつとピオニーが笑う。
そんなピオニーに「ちゃんと聞いて下さい!!」と至極真面目な顔をしたサフィールが詰め寄って。
ハイハイと何度か頷き、適当な返事をしてやりながら、ピオニーはまた小さな笑みを零した。



言い訳(後書き)
初めはかなり重い感じになる予定でしたが、いつの間にか路線ズレてますね…?おかしいな?
いや、でもジェイド←サフィール←ピオニーな関係は一押しです。 サフィールとピオニーが両想いになる事はあっても、ジェイドとサフィールが両想いになる事って自分の中じゃありえません(痛)