ジェイドが居て私が居て、まぁ鬱陶しいけれどピオニー陛下も居て。

そしてネビリム先生が居て。

どうしてそれじゃ駄目なんだ。

一番幸せだったあの頃に戻ろうとするのは、そんなに悪い事なんですか。







私が居てサフィールが居て陛下が居て。

そしてネビリム先生が居た。

どうして過去に縛られるんだ。

それは一度きりだからこそ思い出なんです。どうして分からないんですか。








「後悔なんてしていません。」












「…ディスト」

「…気づいて、いたのですか」

ケテルブルクの酒場で独り飲んでいた時。
ねちっこいというか、そんな懐かしい視線を感じて思わず名前を呟けば、本当に居たらしい。
少しばかり悔しそうな声色でジェイド、と名前を呼ばれたから、首だけ動かせてディストを見る。

彼はちっとも変わっていなかった。良い意味でも悪い意味でもだ。
自分はすっかり変わってしまったけれど、と心の中で自嘲気味に吐き、「座らないんですか」と問いかけた。少しの間逡巡した後、ディストにしては珍しく素直に隣へ座ってきた。

「彼と同じものを」

「…ディスト、酒は弱いのではなかったですか」

「構いません」

今日は飲みたい気分なんです、とマスターがウォッカを注ぐ所をぼんやり見ながらディストが答える。
冬国生まれのために子供の頃から寝る前身体を温める意味で酒を飲まされたが、ディストは本当に酒に弱くて、一口飲んだだけでも顔を真っ赤にさせていたっけ。
それをピオニーが知って面白半分にディストに酒を飲ませ、大変な惨事に至った事は若気の至りというやつだ。 カランコロンと荒削りされた氷がグラスの中で音をたて、ディストの前にそっと出された。

「後悔、していませんか」

ポツリと吐かれたその言葉の意図をディストはきちんと理解したらしく、俯き気味だった視線を上げ、ハッキリ「いいえ」と言い切った。

「後悔なんてしていません」

「そうですか…」

ふ、と笑って手に持つグラスに口をつける。
冷たかったそれはいつしか生ぬるくなってしまっていて、一気に飲み干せば、ディストも両手でしっかりとグラスを持ちぐいっと煽る。

「ん、は…っ」

雪のように白い彼の肌は、ほんの少しの酒で早くも赤く蒸気していた。
横目でそれを眺める。彼はやっぱり変わっていない。
外見も、中身すらも。やはり変わってしまったのは、自分だけなのだ。
それをどうしてか、今は悲しく思える。

後悔は、していないけれど。





「…そんなに飲んで。マスター、おかわり」





ジェイドはうっすらと笑みを浮かべ、グラスを軽く振っておかわりを要求した。
その笑み。
あの頃のジェイドは、今よりも多分きっとずっと格好良かった。
今だってそうだけれども、昔は、昔のジェイドはあんな作り笑いなんてしなかったし、何よりいつも独りだった。
ずっと私がそうだったように、ジェイドだって、独りだった。

どうしてそんなに変わってしまったんだ。

私には分からない。





再びジェイドの前に出されたウォッカに、なんとなく負けたような気がして悔しくなる。
残りを一気に飲み干して同じようにおかわりを頼めば、呆れたようなため息をジェイドが吐いた。

「やめなさい」

「…ジェイド」

ツンと鼻の奥が痛くなり、そろそろと視線を上げてジェイドを見る。そこには呆れたような、けれど優しげな表情を浮かべているジェイドが居た。
その表情に落ち着かず、視線を落として立ち上がろうとしたが、上手くいかずにぺしゃんと床を座り込んでしまった。
脚がちっとも動かない。それ以前に視界がぐるぐる回る。気持ち悪い。

「う、うえ…っ」

「お、お客さんっ」

「すみません、すぐに連れて帰るので。お代はこれで一緒に」

口を押さえてどうにか吐気を堪え、半ば引きずられるようにして店を出た。外に出れば身に沁みるような懐かしい寒さが身体を包み込んだ。

今はそれが気持ち良かったけれど。

「は、吐き、そう…っ」

「仕方ありませんねぇ…吐いてしまいなさい」

ゆっくりと背中を擦られる。
ぴしゃりぴしゃりと雪の上に茶色い液体が落ち、胸を突くような吐気のせいで涙も出てきた。
結局、昼間食べて消化がまだだったサンドイッチや、その時胃の中にあったモノを全て出し切るまでその嘔吐は続いた。
口をパリパリと糊が利いたハンカチで拭われる。
喉が焼けるように痛んだ。先ほど飲んだ酒のせいだろうか。

ジェイド、と小さく呟いて恐る恐る見上げた。これだけ迷惑をかけてしまったのだから、もしかしたら怒っているかもしれない。
けれど意外にジェイドの表情は先ほど見た優しげな表情で、ああ、良かった。ジェイドは怒ってないんだと、ぼんやりした意識の中で思った。
そうしたら、急に眠気が襲ってきて、最後に見たのは自分に口付けてくるジェイドの姿だった。