あんたが俺の事を好きだとか嫌いだとか

そんな事はこの際どうだっていい

俺があんたを好きなだけなんだ








「君は僕に、僕は君に恋している。」












「イヤ、違う、そうじゃなくて。…否定ばかりですね。しかも否定するだけ。…結局、何が言いたいんですか」

先程から不穏な空気がビリビリと肌を伝って感じられる。
ジェイドの真っ直ぐな視線に居た堪れなくなり、ルークは黙ったまま視線を外した。
それがジェイドを余計に苛立たせる事を、彼はきっと恐らく、分かっていないのだ。
案の定、呆れたようなため息を吐いたジェイドが、クルリと背を向けて歩いて行こうとする。

ま、待ってくれよジェイド!!

そのまま歩いていこうとするジェイドに慌て、名前を呼んでぐっと強く肩を掴むと、飽き飽きしたような表情のジェイドが「それも今日三回目です」と付け足した。
そう、ジェイドが背を向けて歩き出そうとする度に、ルークが慌てて名前を呼んで引き止めるものだから、流石にジェイドも飽き飽きしている様だった。

「で、何か」

用が無いなら私はもう行きますよ、と再びジェイドが背を向けようとしたから、慌ててまたジェイドの腕を掴む。





「―順境にあっても逆境にあっても、病気の時も健康の時も、妻として生涯愛を忠誠を尽くす事を誓いますか」





「……いきなり何ですか」

腕を掴まれ嫌々振り向けば、不気味なほど真顔で誓いの言葉を言い出したルークに、慌てることも無く、 その上とうとう頭がおかしくなってしまったのではないか、と要らぬ心配をしつつ、ジェイドが冷静に聞き返した。

「俺…ジェイドが好きなんだ」

ジェイドの顔を見ていられず、俯き気味になりつつもとうとうそれを口にした。
そうすると案外ジェイドの反応は呆気無いもので、もう少し驚くかなぁとか考えていたのだが、やっぱり賢いジェイドの事だから、 ルークが思っていた事もきっと全て分かっていたんだろうなと思った。流石はジェイドだ。

「私が聞いたのは、先程の誓いの言葉の意味です。…好きだとか嫌いだとかは聞いていない」

ピシャリと強い口調で言われ、やっぱりジェイドは凄い、とルークの上昇しかかっていた気分が一気に下降する。
赤い顔が更にじわじわと赤くなる。自覚しているのだが、それをどうにかして抑える術をルークは持っていなかった。
急に先程自分の言った台詞に恥ずかしくなり、泣きそうになりつつごめん、と頭を下げる。
そうしたら頭を下げられても、と鼻で笑われ、余計泣きそうになったが、また、ごめんと謝った。
ジェイドの沈黙から、つまりきっと誓いの言葉を何故言ったのか、その意味を言わなければならないのだという事に今更気づき、ルークは慌てて説明する。
飽きれるほどの容量の悪さで上手く話が繋がっていなかったが、流石のジェイドはルークの説明を一度聞いただけで全てを把握していた。





俺、いつ消えるか分かんないし、後悔したくないんだ。

だからさ、せめて、あんたに言っときたかったんだ。

俺があんたをずっと好きだったって。

叶わなくても何でも、言っておきたかったんだ。

一度だけ、誓いの言葉に頷いて欲しい。俺を力いっぱい抱きしめて欲しい。

嫌なら一度だけ、口から出任せでもいい、何でもいい。

好きだと、言って欲しい。

そうしたら、俺は、きっと多分、それだけで死ぬほど幸せになれると思うから。





「私を馬鹿にしているんですか」

中指で眼鏡を押し上げ、イラついた様子でジェイドが言った。
反射的にビクリと身体が竦んでしまう。
やっぱり妻は気に入らなかったかな、と控えめな声で聞くと、その問いは余計にお気に召さなかったようで、 妻とか夫とかそんな物は関係ない、どうしてそれが分からないんだ、と苛立った声で責められた。
それでもルークはごめんごめん、馬鹿の一つ覚えのように謝罪を繰り返すことしか出来ない。
途端にパチン、と心地の良い音が響き、少しだけ痛む頬に自分が打たれたのだと分かった。
謝罪の言葉が途切れ、驚いたような表情でルークがパチパチと瞬きを繰り返した。
パチパチと瞬きを繰り返すうちに、ポロリ、と涙が零れる。

「あれ…俺…」

こんなはずじゃなかったんだけど、と慌てて目元を擦った。
それでも一度流れ始めた涙は簡単に止まってくれないようだった。
ゴシゴシと乱暴に目元を擦るが、一向に涙は止める気配を見せない。
段々と抑えられなくなってくる嗚咽を、どうにか堪えようとシャックリを繰り返した。
どうしてジェイドに打たれたのかは分からないが、彼が怒っていることだけはハッキリと分かった。

ジェイドは理由も無しに手を上げたりしない。
よほど先程の事が気に入らなかったのだろう。

兎に角、ジェイドは怒っている。
謝ろうと口を開きかけたが、腕を掴まれてぐいっと引き寄せられたので、間抜けな驚きの声を上げるだけになってしまった。

ジェイドは多分、ルークが願った通り一度だけ強く抱きしめてくれるのだ。
嬉しさ反面、複雑な思いで大人しく抱きしめられていたが、そろそろとジェイドの腰に自分の腕を回してみた。
抱きしめてくれたジェイドは、私の腰に腕を回さないで下さいなんて言っていない。
折角なのだから、と強く抱きしめ返してみる事にする。

仄かだけれど、心地の良い香りがした。
そういえば前に香水をつけているとかなんとか言っていたような。

あの時、ハッキリ言ってジェイドの事は何とも思っていなかったから、気にも留めなかったけれど。
今聞いたら、香水の銘柄を教えてくれるだろうか。
そうして、同じ香水を買う事を許してくれるだろうか。
死にゆく時、彼と同じ匂いに包まれて死ねたなら、どれほど幸せなのだろうか。
いや、それ以上に、彼に抱かれて死ねたなら。
そうして自分が死んだ後に、彼は同じようにして誰かを胸に抱くのだろうか。

そんなのは、嫌だと思う。

ジェイドの胸の中で居られるのは、俺だけであって欲しい。

俺だけのものであって欲しい。

そんな事を考えているうちに、抱きしめられた驚きに引っ込みかかっていた涙が、再び溢れ出したので困った。
何を考えているんだ。
この期に及んで、まだ死にたくないと足掻く自分が居る。
浅ましいほど生に執着し、生きたいと願う自分が居る。
叶うはずのない夢を見て、それにすがり付こうとしている。





いつまでも駄々っ子みたいに立ち止まってるんじゃない。

どう足掻いても、

泣いて声を張り上げても、

行きたくないと四肢を突っ張ったとしても、



ずるずるずるずると引きずられて行くのだ。





「…ジェイド」

「何ですか」

「ええと…もういい、ありがとう」

ほら、泣き出しそうなくらい名残惜しいくせに、自分から手を離そうとしている。
やっぱり俺は俺だと思った。
負けず嫌いで、馬鹿で、後先考えず行動して、本当にどうしようもない。
そんな俺を、ジェイドはちゃんと記憶の何処かへ留めておいてくれるだろうか。
忘れないでなんてそんな厚かましい事は言わない。
たまに俺みたいな馬鹿が居たなぁとか少しくらい思い出して欲しい。
俺がどれくらいジェイドが好きだったか、愛していたか。
少しくらいは覚えていて欲しいと思うんだ。





「何言ってるんですか…」

「え…」

「何言ってるんですかっ!!」

馬鹿なこと言わないで下さい、と一瞬息が出来なくなるほど強く抱きしめられた。

「本当に、貴方という人は…」

「ジェイ、ド…?」



誓いますよ。

一生。

ずっと。

貴方だけ。

負けず嫌いで、馬鹿で、後先考えず行動して、本当にどうしようもない貴方だけど。

悔しいけれど、とても愛しいと思うのです。



それから、ジェイドは泣きそうな顔をして「誓います」とだけ言った。
ジェイドのそんな表情を初めてみた俺は、溢れる涙もそのままにずっとジェイドと見詰め合っていた。